2【SIDE*R】


The  Day  Of  The  Past

September  

男子校。その名の通り、そこに在籍する生徒は一人の例外も無く、同じ性を持つ。

共学校と違って異性の存在が無い男ばかりの閉鎖的な空間では、中性的で男臭さをあまり感じさせないタイプを擬似アイドルに見立てて、寂しい学校生活を少しでも有意義なものにしようとする風潮(……といえば聞こえはいいが、要はただの現実逃避だ)が昔からあるらしい。
 我が校にもそのアイドル的存在が二年生にいるという噂は、入学当初からよく耳にしていた。

しかし実際に本人を間近で見る機会に恵まれることはなく、月に一度行われる全校集会で、それらしき後ろ姿を何度か見かけたくらいだ。

わざわざ近くに行ってまで顔を見ようとは思わなかったし、どんなに可愛くても所詮男だからと、噂の人物には全く興味が湧かなかった。

だからはじめて面と向かって言葉を交わした時は、結構な衝撃を受けたものだ。

 

「お前が一年の安齋?オレキャプテンの小原、よろしくー。話は村上先輩から聞いてたけど……ほんとに背、高いなあ。何センチある?」

「百八十一です……」

そっかあ。いいなあ、一年のくせにもう百八十越えかよ、ちくしょーッ!そう言って少し悔しそうに笑う先輩の顔を、俺は息をするのも忘れて食い入るように見つめていた。

目と鼻の先の距離にいる彼は噂の通り、誇張でもなんでもなく、正真正銘本当に「アイドル」だった。

日焼けとは一生縁のなさそうな血色のよい健康的な白い肌。睫毛パーマが全く必要の無い優美で繊細なカーブを描く長いまつげ。ぱっちりとした二重の瞳は、色素の薄い綺麗なこげ茶色だ。小さめの唇は淡いピンク色をしていて、笑った時にチラリと覗く八重歯が可愛らしい。

極めつけに、少し長めの茶色い髪は見るからにサラサラとしていて、そこに在るのが当然とばかりに頭上に君臨している天使の輪が、燦然と光り輝いていた。

これで男って、ありなのか。

このひとの染色体は一体どうなっているんだ。一回詳しいDNA鑑定をしてみた方がいいんじゃないか。

『もしよかったら、うちの病院を紹介しましょうか?』

きっと本人が聞いたら憤死ものの失礼な事を脳裏に浮かべながら、つい不躾なまでに凝視してしまう。わかっているのに「本当に男ですか?」と真剣に聞きたくなった。

(……マジで、めちゃくちゃかわいいなこのひと)

感嘆の溜息を零しながら、甘い雰囲気のある顔から視線を下へずらしていくと、Tシャツにハーフパンツという軽装に身を包んだ華奢な肢体が目に映る。

全体的に色素が薄いらしく、肌は何処も彼処も透き通るような白さで、一度見たら目が離せなくなりそうだ。

すらりと伸びた足や腕は女の子顔負けに細くて、抱きしめたら折れてしまいそうな気がするが、貧弱な印象は全く無かった。しかしながら、これはどう見ても十七歳の健全な男子高校生たるべき容貌ではない。

「どこか希望のポジションある?中学ん時は確か、センターやってたんだっけ」

「はい……でも別に、どこでもいいですよ」

―――そんなに長くいるつもりはないし。

そう言って、これが期間限定の入部である旨を伝えるつもりだった。だけどゼッケンを探している小さな後姿を見ていたら、部室の扉を潜る前から用意していた台詞が何故か喉の奥で止まってしまい、いつまでも口から出てこなかった。

仕方なく俺は先導する先輩の後について、他の部員の待つ体育館へと向かった。

(帰るまでにタイミングを見て言えばいいか……)

面倒な事は後回しにして、まずは力試しの練習試合に挑む。

久しぶりにやったバスケは思うように身体が動かない場面も多々あって序盤は苦戦を強いられたものの、昔とった杵柄効果なのかチームの先輩達からは大袈裟なまでに絶賛されて、気分は上々だった。

しかも味方チームの主要戦力である小原先輩とは、今日初めて組んだ相手とは思えないほど、最初から嘘みたいに息がぴったり合った。先輩はバスケプレイヤーとして身長が低いというウイークポイントを除けば、小柄ながらに運動センスは抜群でアシストしやすいタイプだ。

基本的に物の考え方や感性が似ているらしく、言葉がなくてもお互い次の行動が瞬時に読めるので、突発的且つ変則的な敵チームを攪乱させるパスが、面白いほどよく決まった。

相性が良いというのはこういう事かと肌で実感しつつ、終始一貫して主導権を握りながら進めていくゲームは、とても楽しかった。

そして試合が終わる頃には、期間限定で退部する事なんて頭の中から綺麗に全部消え去っていた。
「お前本当に半年振り?全然そんな風に見えなかったけど。かなりいい感じだった。頼りにしてるから、これからよろしくな!」

帰り際満面の笑みでそう言って無邪気に俺を見上げている先輩の顔に、我知らず見蕩れていた。

そして友好の証にと目の前に差し出された白い手に触れた瞬間、身体中に電流が駆け巡ったような錯覚に陥った。

はじめて触れた、相手の自分より少し高めの体温。

自分より一回り以上小さくて薄い掌。

(もしも、いま、)

緩やかに握ったこの手を強引に引き寄せて、息も出来ないくらいきつく腕の中に抱きしめたら。

癖のない真っ直ぐで柔らかな髪に手を差し入れて、頬を慰撫するように優しく撫でて、赤い小さな舌が見え隠れする、薄く開いたその綺麗な唇に熱く触れたなら。

(どんな顔、するのかな……)

今まで同性には一度も感じたことのなかった、相手の事をもっと深く知りたいという強い希求、心だけじゃなく身体も含めて全部が欲しいという確固たる欲望を伴った恋愛感情が、この瞬間確かに自分の中で生まれたことを、熱くなる胸の内でまざまざと感じていた。

(嫌がるかな……嫌がるだろうな。それでも、したいな)

冷静に考えれば有りえない事だった。正気の沙汰ではない。何しろ相手は年上で初対面で、しかも俺と同じ男、だ。

だけど、そんな些細な理由では、この胸の奥底から湧き上がってくる大きな熱を孕んだ危うい衝動を止める事は、不可能だった。一度欲しいと思ってしまったら、気づいてしまったら、その気持ちを知る以前の自分には、決して戻ることが出来ないのだ。
 だからきっと俺はこの先に待つ未来に、常識だとか理性だとか、道徳だとか倫理だとか、生きていくのにとても大切なものたちをいともたやすく破壊するだろう。

そしてなりふり構わずひたすら求め続けて、卑劣で最低な人間に成り下がろうとも――――たとえどんなに汚い手を使っても、絶対にこのひとを手に入れる……それは半ば確信に近い、大いなる予感だった。

「小原、先輩」

「ん?」

「……先輩は、俺にずっと傍にいて欲しいですか?」

「……は?え……あの、傍に、って?」

「ずっとバスケ部にいて欲しいか、って意味です」

「ああ、うん。勿論、出来ればそうして欲しいけど……」

「俺のことが、必要ですか?」

「え?うん。そうだな」

「……じゃあ、俺のこと、好きですか?」

「……あ、うん……、っ?え、えっ?!」

先輩は俺の仕掛けた他愛もない誘導尋問にあっさり引っ掛かった。俺は心の中でほくそ笑みながら、声無き返事をする。

『俺も、あなたのことが、好きです』


―――だからこれから、覚悟してくださいね?

After  School

February  15

「……何か用か?」

窺うような声色が耳を打つ。

後ろを振り返ると、いつもは肩にかけているショルダーバッグを片手に抱えた先輩が、いつの間にかドアの前に立っていた。

「用は、ないです。けど今日部活ないから一緒に帰ろうかと思って。先輩の顔見たかったし」

「…………」

にこやかに返事をすると、先輩は困惑したような顔で目を逸らして俯いてしまった。

そのまま俺を避けるように足早に目の前を通り過ぎていく。

「……え、せんぱい…っ?」

結構な早歩きで廊下を颯爽と突き進んでいく先輩を慌てて後ろから追いかける。隣に並ぶと、先輩はすかさず顔を前に向けたまま声だけで質問を投げかけてきた。

「お前さ、どういうつもり?」

「なにがですか?」

「昨日のことだよ。付き合うだとか、なんだとか……へんなこと言ってただろ?いや、オレの気のせいなら、別にいいんだけど……」

「気のせいって……一世一代の告白だったのに、ひどいな。俺先輩のことが本気で好きなんですよ?朝も昼も夜も、毎日あなたの事ばかり考えてる」

目を見開き驚いた顔で俺を仰ぎ見る先輩に、俺は潜めた声で更に言い募った。

「先輩の顔が見たい、先輩にキスしたい、先輩に触りたいって、いつも思ってます」

昨日よりも若干ストレートな言葉で愛を告げた途端、先輩の表情が驚愕から羞恥に一変した。

白磁のような頬が鮮やかな朱に染まっていく様がとても綺麗で、俺の目を存分に楽しませてくれる。

「ば、ばっ、馬鹿じゃないのか、お前……っ!」

怒っているというよりも明らかに照れている様子だった。

俺は嬉しくなって、思わず零れそうになった笑みを慌てて掌で覆い隠す。

(良かった……思ったよりも嫌がられてない。それに照れるってことは、結構脈アリだよな)

多分自覚はないだろうけど、小原先輩はかなり天然な人だ。

それも超がつく、人工成分の欠片もない純度百パーセントの、ド天然。

だから昨日の告白自体意味が理解出来なかったり、何かの冗談だと思われて完全スルーされることも覚悟していたから、この反応は予想以上だ。

「そうですね、馬鹿だと思います。だって『恋をすると人は馬鹿になる』って昔からよく言うじゃないですか。だから俺が馬鹿なのは、先輩に恋してる証拠ですよ」

「……そんな格言オレは知らない」

「格言じゃなくて、単なる経験談の一環ですって」

「どっちでもかわんないだろ」

「そうですけど……あの、先輩。今日これから、先輩の家にお邪魔してもいいですか?」

「駄目」

「うわ即答。え、どうして?」

「どうしても」

「えー……それってもしかして、俺が先輩に何か妙なことするかもって疑ってるからですか?それなら大丈夫。まだ恋人『候補』だから、その辺はちゃんと自制します」

「何が自制だアホか。そもそも恋人だの候補だのは全部お前が勝手に言ってるだけだろ?昨日も話したように、オレは男。お前とどうこうなるなんて、物理的に無理だし」

「……男だから、無理?はは、そんなの全く問題ないです。だって俺は、先輩が先輩だから好きなんです。別に男だから好きなわけじゃない。本当に人を心から好きになったら、相手の性別がどうだろうと関係なくなるんですよ」

昨日から一貫して言われている『先輩的駄目な理由』に俺が真っ向から反論すると、先輩は「そんなわけあるか」と呆れたような顔で断固否定の意を示した。

「どう考えても非常識だ。不道徳極まりない。そんな論理は認めない。男が男を好きだなんて、宇宙レベルで果てしなく有りえないから」

にべもなく断言した先輩は、ハァ、とこれ見よがしに大きな溜息を吐きながら下駄箱を開けた。

途端、中から大量の手紙達がばさばさと(ひらひら、というよりもばさばさ、という音の方がしっくりくるのは二・三枚ではなく、それなりの数があるからだ)舞い降りてくる。

「…………」

ピシ、と額に青筋を浮かべている先輩の足元に散らばっている手紙を、適当に一枚選んで拾い上げた。

『小原悠生様』と書かれた宛名の裏を返すと、そこには蚯蚓が這ったような、きたな……いや、とても個性的な字で、どう見ても男性であろうと思われる名前が記されている。

一見した所床に散らばっている他の手紙も差出人の見えるものは全て、個性的な字且つ男性名であることが窺えた。

「……これ見ちゃうと、普通に説得力ないですけど」

「どういう意味だよ!」

「だってそれ、ほとんど同性からですよね?」

何割かは近くの共学校の女子からでも、それ以外は恐らく全てうちの生徒からのものだろう。

女の子の支持率だけでいえば、間違いなく自分の方に分があるものの、先輩の場合男女問わず(……というか、むしろ同性支持者の方が圧倒的に多い)想いを寄せられているから、こっちとしては気が気じゃない。

「女の子からのだって、あるんだ!す、すこしだけど……」

「まあ先輩がモテるってことに変わりはないから、俺はいつでも心配ですよ。絶対に変な男に靡かないでくださいね?」

軽い口調で本気のお願いをすると、間髪を入れずに、鋭いツッコミが返ってきた。

「変な男ってお前のことか」

「俺にだったら、思う存分靡いてくれて構いませんけど」

「お前に靡くとか、絶対にないし」

「傷つくなあ……でも簡単に流されてくれない先輩も、魅力的です」

つれない言葉で頑なに拒絶するガードの固い先輩を、軽く受け流すフリをして持ち上げつつ、別の話題を振ってみる。

「そうだ先輩、お腹空いてませんか?」

「ん?……ああ、うん」

「帰りにマック寄って行きません?先週から期間限定で、新しいメニューが出てるんですけど」

「えっ、そうなんだ。何か最近、毎月のように新作出てね?……ん〜、じゃあ期間が終わらないうちに行っておくかな」

「よし決まり。俺奢ります」

「え、マジで?」

「はい。だって先輩とのデートだし」

「……デートじゃなくて、ただの寄り道だ」

「はいはい」

苦笑しながら返事をすると、先輩から背中に一発バシン!と気合の篭った渇を入れられた。

「はい≠ヘ一回!」

「はーい=v

「伸ばすな!ほら、早く靴履き替えて来い!」

俺は三度目の正直で、今度こそ「はい」と優等生な返事をして、意気揚々と自分の下駄箱へ向かった。

White  Day

March  14

 

――――深い無我の底にどろりと重く沈んでいた意識が、覚醒に向かって緩やかに浮上してくる。

カーテン越しに降り注ぐ太陽の光を瞼にうっすらと感じながら、耳障りな雑音に促されて、閉じていた瞳を開けた。
 枕元にあった携帯がブーッ、ブーッ、と鈍い音を立てて着信を知らせている。仰向けで横たわった状態のまま携帯を手に取り、発信元を確認した。

(……またあの女か)

液晶パネルに表示されている名前を一瞥して、振動を続ける携帯をシーツの上に放り投げる。

程無くして静かになった携帯を再び手に取り、時刻を確認して日付けを見た。三月十四日。二月十四日のバレンタインデーと対を成す日……ホワイトデーだ。

丁度今から遡る事ひと月前に、俺は小原先輩の自宅へ赴き、告白という名の奇襲攻撃を仕掛けた。そして今日はその返事を聞きに行くという名目を堂々引っさげて、二度目の襲撃を遂行する予定だ。
 シャワーを浴びようと身体を起こした時、ベッドのシーツが微かに波立った。音を立てながらシーツを震わせていた振動は、僅か数秒で静止する。

今度は電話の通知ではなくメールの受信だった。電話に出ないから、メールで用件を伝える手段に変えたらしい。

(まったく、しつこいな)

内容は見なくてもわかっている。会いたいとか、都合のいい時間を教えろとか、多分そんな所だろう。

半ばウンザリしながらメールボックスを開くと、案の定、予想していた相手からだった。

『今日会いたい。いつなら時間あいてるの?』

思い描いていたものと寸分違わぬ内容に、妙にしらけた気分なる。くだらない、面倒だ、鬱陶しい。そう思いながらも溜息を一つ吐いて、リターンメールを黙々と打ち込んでいく。

『今日は忙しいから多分無理。時間できたらまた連絡する』

味も素っ気も無い事務的な文面を読み返して、送信するのを一瞬逡巡した。

(……これだけじゃ流石に愛想なさすぎかな)

入力画面に戻り、改行した後再び文字を入力する。

『俺も早く会いたい。好きだよ』

免罪符代わりのコトのハを最後に付け足した後、今度は迷わず送信ボタンを押して、部屋を後にした。


*****


「……お前は『事前連絡』というものがこの世に存在する事を知っているか?」
 二月十四日のバレンタインデーと同様、突然家まで押しかけてきた俺に、小原先輩は呆れた顔で質問を投げかけてきた。

今日はパジャマではなくグレーのチノパンを履いていて、上はカーキ色の英文字が入った白のトレーナーを着ている。

シンプルだけど清潔感のある服装が先輩らしくて好ましい。こういうラフな格好も似合うな、と全身を隈無く観察しながら「知ってますよ」と手短に答えて、俺からも質問をした。

「小原先輩は今日が何の日か、知ってます?」

この言葉が意図する『俺が今日何をしに来たのかわかりますか?』という言外のメッセージを正確に読み取ったらしい。 

知らない筈はないだろうに「別にこれといって何でも無い、フツーの日だろ」と素知らぬ顔でシラを切った。

(やっぱりそうきたか)

先輩がホワイトデーのお返しを用意してくれている……そんな奇跡みたいなことが起これば感涙モノだが、万が一にも有りえないだろうことも、こういう反応が返って来ることも、全ては想定内の事。ここからが、俺の計画のスタートだ。

今日は何でも無い日だけど平日じゃなくて日曜日だった、先月も十四日は日曜日で二か月連続同じ曜日なんて珍しい、とどうでもいい話題に逃げてわざとらしく会話を逸らそうとする先輩を完全スルーして、俺は勝手に話を進めていく。

「あれからもう一ヶ月も経つし、そろそろ返事が欲しいんですけど?」

話を核心部分へ持っていくと、先輩は途端に俺から視線を逸らして急に黙り込んでしまった……だけど実はこれも想定内の行動で、考えていた計画通りの流れだった。

俺も言葉では一応催促しているが、実の所今すぐこの場で返事を貰うつもりは毛頭なかった。

だからあまり深く追求せず、すぐに別の要望に切り替える。

「じゃあ返事はまだいいから、俺にクッキー作ってください」

普通十七歳の男子高校生にお願いするべきことではないが、先輩ならば充分可能なことだ。

――――両親が仕事の関係で関西の方に住んでいるため、高校入学時からお姉さんと二人暮らしをしている先輩は実質、この家の一切の家事を担っているらしい。

俺が先輩に告白する以前、部活の帰りに何回か先輩の手料理を御馳走になったことがあるが、専業主婦顔負けの高校生らしからぬ料理の腕前には素で感心したし、この見た目からは想像がつかないというか、いい意味でのギャップにかなり驚かされた。

初めて先輩に会った時、単純に外見が好みだったから興味を引かれたのだけど、好みだったのは見た目だけに留まらなかったことが、俺がこの可愛い年上のひとに嵌ってしまった、大きな要因の一つだ。

外見も内面も、先輩はまさに自分の理想のど真ん中だった。

惚れた欲目を差し引いても百人中百人が可愛いと絶賛するであろう、同姓さえもその気にさせてしまう華やかな雰囲気のある見た目に反して、性格は至って真面目で、かなりの天然だけど面倒見が良く、芯はしっかりしていて家庭的だ。

明るくて自分の意見を物怖じせずに(時には過ぎるほど)はっきりと言うし、容姿端麗でも家事がまるきり出来ない、外見ばかりを気にして内面が伴っていない、現代的な今時の子にはない古風さがある。

そして一度自分の懐に入れた者に対してはとても愛情深くて、どこまでも一途だ――――

今俺はその懐に身体全部ではいないものの、半身くらいは入れてもらえている筈……とはいえ、そう易々とお菓子を作ってもらえる程、甘くはないらしい。
 ―――手作りのお返しが欲しいと言った俺に、

「はあ!?何で、オレが!」

先輩は即座にお断りモードで反論してきた。

「今日がホワイトデーだからですよ。俺、先月先輩にチョコあげたでしょう?」

「あれはお前が勝手に押し付けていったんだろ!」

(……だって「あなたのことが好きでチョコレートを渡したいから、これから家に行ってもいいですか」なんて馬鹿正直に事前連絡しようものなら、絶対に受け取って貰えそうにないし、下手をすれば門前払いを喰らうかもしれない。だから強引に押し付けていくしか、方法がないんですよ)

心の中でひっそりと言い訳をしながら、手作りなんて絶対嫌だ!と頑として意見を曲げない先輩に、俺は肩を落として「……手作りが駄目なら、市販のでもいいから」としつこく食い下がる。

「手作りだろうが市販品だろうが嫌なものは嫌だ」

(そうそう、そのまま嫌だと拒み続けて下さい)

心の中では全く逆の事を考えながら、表面上はさも残念だという体で大仰に諦念の溜息を零す。

その姿を見て、先輩はようやく俺が諦めたと思ったのか、あからさまにホッとした顔になった。

(よし、今だ)

気が緩んで隙だらけの先輩に近づいて、薄く開かれた口元に素早く自分の唇を重ねた。

「……ッ、」

想像していたよりもずっと先輩の唇は甘くて、一瞬触れただけなのに震えるような歓喜が身体中を支配した。

物足りなさを感じながらもすぐに唇を離すと、先輩は熟れたトマトのように真っ赤な顔で絶句しながら、息も絶え絶えに俺を糾弾してくる。

怒り心頭の先輩に俺は、お返しを拒まれたので、クッキーの代わりにキスで貰いました、と行為の理由を悠然と正当化した。

これで俺が今日密かに立てていた『ホワイトデーのお返しに先輩からキスを奪う』計画は、無事成功に終わった。
「うん。やっぱりクッキーよりも、甘いね」

正直な感想を述べた後、目的を果たした俺は、当分怒りがおさまりそうにない先輩に別れを告げて、早々に退散する。

下降するエレベーターの中、緩む口元を掌で押さえながら数分前の出来事を頭の中で繰り返し反芻していた。


(……本当に、甘くて美味しくて、癖になる)

もうそれナシじゃいられないくらいに―――――

 

 
                       2015/02/14 up