【ACT4】王子の優越、姫の憂鬱

「今日はいつも以上に大人気だな、悠」
「……さっきのはともかく『アレ』と男からの手紙は全然、嬉しくない」

 


 後部座席から前方の光景を目撃したオレは『万が一悪知恵の働く大人が使用した場合世界を征服出来てしまうかもしれないという危険を伴った、しかし大変便利で夢のあるヘンテコな道具を駆使して、人はいいが頭の出来は悪いメガネ君を、未来から突然やって来た狸によく間違われるけど狸じゃない肩書き一応猫型ロボットが、あれやこれやとお世話する某国民的人気アニメ』―――の、名脇役であるお坊ちゃまヘタレキャラ、ス○オ君の真似をして、口を小さく窄めてその名の通り、思いっきり拗ねた顔をしてやった。

しかし運転のため前を向いていた律は、オレのささやかな物真似を目にすることなく「さっきのは、じゃあ、嬉しかったってことか……」と、どこか不満そうな声でポツリと洩らした。

(な、なんだ?)

律が言ったさっきの、というのは言わずもがな、聖女の子の件だろう。あれは個人的に非常に嬉しい出来事でしたよ。しかし良い事の後には、決まって悪い事が起きるものだと相場が決まっている。だって、世の中そんなに甘くないから。……ハァ(何だか今日は溜息が多いな)。


 オレが今住んでいるマンションは、ちょうど学校と律の家(律の家は学校から歩いて約三十分、自転車だと一五分ほどかかる)の中間の所にあるので、ほぼ毎日ついでとばかりに、行きに拾っていってもらって、帰りに置いていってもらっている(この表現だと、まるで荷物ようだ……)。
 しかしそういう情報は何処からともなく洩れてしまうのか、それを知ったオレ達のファンを名乗る子達が、たまにこんな風に二人一緒に帰って来たオレ達(もしくは大きなお荷物をご自慢のチャリで運んできた律王子)を我が仮宿の前で待ち伏せしていることがあった。
 マンションの入り口付近に見慣れた制服の女子生徒が三人立っているのが見える。オレ達が最もお手紙を頂く率が高い、公立高校の子たちだ。

ファンの子にもタイプが色々あって、そのアピールの仕方も様々だ。積極的なものから、消極的なものまで。下駄箱に手紙を入れるだけの子はまだ大人しい方だ。好感が持てる。 

逆に一番困るのは、こういったプライベートの領域にまで土足で踏み込んでくる子達だ。

家の前で待ちぶせまでされるのはさすがにちょっといただけない。芸能人じゃあるまいし、善良な一般市民を追い掛け回して何が楽しいんだ。そんなに皆暇なのか。 

こういう子達の場合大概用件は『写メ撮らせて下さい!』『メアドかケー番教えて下さい!』このどちらかだ。

何ていうか、こっちの都合は全くお構い無しって感じ。

こういう良く言えば情熱的。悪く言えば押し付けがましい好意を寄せて下さる女子の皆さんを見ていると、先日見た某TV番組のあるエピソードを思い出して若干に不安になってしまう。
 それは深夜に見た音楽番組でのとあるフリートークだった。

出演アーティスト達がどの様にして芸能界に入ったのかという話題で、ゲストはあの今をときめく(って何か表現、古……昭和か)五人組の超人気アイドルグループの皆さんだ。

そう、ジャ○ーズ事務所所属の!(えーっと、名前なんだったかな……確か、横文字だった気が)
 その中の一人は原宿だか渋谷だかでスカウトされて、あとの二人は自分で書類を送り普通にオーディションを受けて、見事合格したという話だ。そして残り二人の場合が問題なんだけど、本人の了解を得ないまま身内の人間(母親だか姉ちゃんだか)が勝手に履歴書を送ってしまったらしく、それに目を留めた例の社長が自ら彼らの自宅に電話を掛けてきて、不審者極まりない口調で事務所に勧誘してきたという。

こういうの見ちゃうと、考えずにはいられない。もしこれと同じ事が、自分の身に起きたら……って。
 家の前まで追っかけてきちゃうような一部の過激なファンの子達がこっそりオレに内緒で、ジャ○ーズ事務所に捏造した履歴書を勝手に送っちゃったりして、それである日突然、謎の外国人から(ジャ○ーなんて名前の日本人はいないと、勝手に判断させていただいた)、

『ヘイ、YOU!君も、アイドルになっちゃいなよ!』
なんて電話が来たらどうしよう……!

(うぁ、こわっ!万が一お誘いを受けてもワタクシ一般市民ですので、御期待には一切応えられませんから!)


「……う……ゆう」
 荷台に乗ったまま恐ろしい想像をしていたオレは、自転車から降りた律に、軽く肩を揺さぶられて我に返る。
「あ、え、なに」
「なぁに、ぼけっとしてるんだ。……あ、もしかして」
 肩に両手を置いたまま、座っているオレの目線に合わせるようにして屈んだ律が顔を近づけてきて、

「あの中に好みの子でもいたか?」

クスクスと笑いながら、揶揄すように耳打ちした―――瞬間、斜め四十五度の場所にいた女の子達から「きゃあーっ!」と耳を劈くような物凄い悲鳴が上がった。 

(ええっ?―――な、何なんだ、一体!?)
 恐る恐る彼女達を見ると『えいえいオー!』と気合入れをする時みたいな感じの円陣を三人で組んで、物凄い嬉しそうにキャアキャア叫んでいる。

そしてひとしきり大騒ぎした後で、今度は笑っているのに今にも泣き出しそうな表情で(こういうのを泣き笑いっていうんだろうか)オレ達ニ人に熱い眼差しを、三人が三人とも送ってくる。
 ……はっきり言って、ちょっと怖い。

(だから、何なんだっつーの!)

「それで、どの子がタイプ?」
「……っ、馬鹿な事言ってないで、早く何とかしろ」

 至近距離で感じる律の吐息が、やたらくすぐったくて身を捩る。動揺する気持ちを隠しつつ、努めて冷静に言うと律は『畏まりました、姫』と禁句を交えた軽口を気障ったらしくたたいて、大騒ぎしている三人組の方へ歩いて行った。
 王子様が自ら声を掛けてきたってんで、女の子達のテンションは上がりまくりだ。

あの三人がオレ達二人のどっちのファンなのかわからないけど、ああなってしまうとオレ目当てだった子も間違いなく、律のファンになってしまう。

……現に三人とも目がハートマークだ、おそらく視界には律しか入っていないだろう。既にその辺の道端にある電柱か何かのどうでもいい存在と化したオレは、チャリから降りて見慣れたいつもの光景を遠巻きに眺めていた。

 

 ―――オレがいつも律と一緒に登下校している一番の理由は、実はこれ、だったりする。
 こういう風に待ち伏せしている女の子は、ちょっと強引な感じの積極的な子が多くて、正直オレ一人だと手に余るっていうか……対処に困ってしまうんだ。

これがもし自分と同じ男だったら有無を言わさず『家までわざわざ追っかけてくんな!ぷちストーカーしてじゃねぇ!』と一喝して、ぼこって終わり、で済むんだけど。 

女の子相手にそんな狼藉は許されないし、幼い頃から母親に『男の子はね、女の子を守ってあげなくちゃいけないのよ!悠君、常にレディファーストを忘れずにね!』と躾けられ、姉ちゃんからは『あんたは男なんだから、間違っても女の子に手を上げたりしたら駄目だからね!何が起こっても、どんな時でも寡黙に耐えるの、それが男ってもんよ』と諭されて育ってきたので、いまいち普段のように強気になれない。

だから一人でいる時にこういう状況に遭遇してしまうと、もうやられ放題、され放題になる。皆様こっちが無抵抗なのをいい事に、何人かで寄ってたかって、無体を働いて下さるので。

無理やり携帯を取られて勝手に住所録に番号登録されちゃったり、制服の上着を脱がされてネクタイを取られた挙句、当然のように第三ボタンまで外されて、胸元を大きく肌蹴られた姿を、バシバシ写メで撮られたり……これ、やってるのが男女逆だったら、完全にセクハラ、だと思う。
 本当、こういう時の女の人って、すごく強い。守ってあげなければならないようなか弱さや儚さなんか、微塵も感じられない(この辺はオレの嫌いな某「セ」の字に通じるものがあるな……)それに待ち伏せしている時もそうだけど、必ず複数でやってくるから洒落にならない。多勢に無勢。勝ち目が無い。

まだ一対一だったら、対応の仕様もあるんだけど。

そんなわけで、ちょっと情けないけどこういう時は女性の扱いに長けたエセ王子様に助けてもらうのが一番良い。

 

目の前の三人組は、校則が比較的緩い公立高校の生徒だからなのか、それぞれ茶色だったり金髪に近い色に髪の毛を染めていて、クルクルした派手なカールを巻いている。
 しかもこれは多分学校が終わってからやったんだろうけど、多少の距離をものともせずに、皆しっかりばっちりメイクしているのがわかる。不自然に悪目立ちしているリップだのアイラインだのがキラキラと深夜零時過ぎの新宿のネオン街のごとく輝いていて、一体この後どちらのお店にご出勤ですか、おねーさん方……と言いたくなる。
 う〜ん……個人的には制服に化粧ってあんまり好きじゃないな。何かこう、遊んでいる感じがして。さっきの聖女の子みたいに健康的でナチュラルな感じの方が、オレは好感が持てるんだけどなぁ。
 多分律もどっちかというと正統派好みだと思うんだけど、そういう選り好みを感じさせないくらい、どんなタイプの子を相手にしても、いつも満面の爽やかな(オレからすれば、気障ったらしく胡散臭いだけ)笑顔で平等に接している。 

さすがはタラシ王子だ。今回も手馴れたもので、早速自分の携帯を制服のポッケから取り出して、カチャカチャやりだした。おそらくあの子達のケー番とメアドを登録しているんだろう。律のいつもの手だ。
 自分の番号を聞かれる前に彼女たちの番号を先に聞き出し『後で必ず連絡するから』と言って納得させるという、エセ王子ならぬエセホストのような真似事をしている。

とりあえず律の番号を聞き出せなくても、自分たちの存在や連絡先を知ってもらって満足するのか、大抵皆この方法で大人しく帰る。オレが同じ事をしようとすると『そんなこと言って家に帰ったら番号速攻で削除する気でしょ!』と却下されて、全然ダメダメなのに……
 本日も例にもれることなく、三人の女子高生を見事たくみの技……もといタラシの技でかるーくあしらった律が、オレの所へ戻ってくる。

だけど途中でふと立ち止まって後ろを振り返ると、彼女達に向かって『ばいばーい』とヒラヒラ手を振った。最後までサービス精神に隙がない。
「きゃ〜っ!律クン、ばいばぁ〜い!」
 黄色い声を上げ、ピンク色のオーラを辺り一面に撒き散らしながら、おねーさんたちは御満悦な様子で帰って行った。


「いつもの事ながらお見事でございますねー。よっ、さすが、モテモテおーじさま!」
 登山の時頂上でよく見かける『ヤッホー』をやる時みたいに両の掌を口許にあてて感嘆の意を述べると、律は「どーも」と素っ気無い返事をして、携帯をポケットにしまった。
「そろそろ携帯新しくした方がいいかな……」
「え、なんで。それ使いやすいって言ってたのに」
「使いやすいけど、かかってくる量が最近多すぎだから」

「あー……」

そりゃ、どうもすいませんね。オレの代わりになっていただいてるせいで、御迷惑をおかけしまして。

「それにメモリがもう、限界」

「……はっ?」
 メモリって、住所録のメモリのこと?あれ、でも確か律の携帯って住所五百件入るやつだよな。それが全部登録済みって、お前……どんだけお友達多いんだよ(オレなんてMAXで登録しても、五十件あれば充分事足りるんですけど……)。
 そういえば前に一度だけ、こいつの携帯を内緒で見ちゃった事があるんだけど。その時は確か半分くらい登録済みで、しかも(パッと見だけど)九割が女の子の名前だったのを思い出す。
(もしかしてこいつ……実は将来医者じゃなくて、ホストにでもなる気じゃないだろうな……)

で、これはその時自分の店にご招待する、お客さん確保のためか!……ってま、まさかな。考えすぎか。

でも嵌り過ぎてて、何か笑えねぇ……ホスト王子、確実に人気ナンバーワンだし。絶対指名率、ダントツトップだ!
「うん。間違い、ない!」
「……何が、間違いないって?」
 訝しそうな目で律に問われて、上の空だった自分に気づく。やっべ!どうやら無意識に声に出ていたらしい。御丁寧な事に握りこぶしまで作ってしまっていた。
「あ。いや、な、何でもないです……」
「ふぅん……ま、いいや。鞄かして」
「あ、うん……」
 律は突っ立っていたオレからスクールバッグを受け取って自転車に座りなおすと、
「じゃ、亜季さんによろしくな」
トントン、とオレの肩を叩いて、さっきの女の子達が帰って行ったのとは逆の方向に(鉢合わせしないように遠回りして行くつもりだろう)チャリを反転させた。
「あ〜……さっきの、助かった。今日もありがと」
 一応親しき仲にも礼儀有り、なので面倒事(と彼女達の事を律が考えているかは謎だけど)を押し付けた事についての簡単な謝罪と御礼を小声で述べる。

律はシニカルな笑みを口元に浮かべて「はい、どういたしまして」と律儀な返事を残して去って行った。


 んー……。性格はともかく、外見と行動に関して言えば、アイツは確かに王子サマ……なのかもしれない。

あ、でもチャリ通だからニセ王子か(ここは譲れないこだわりだ。やっぱり王子は白馬でないと)。

でもなぁ。色々助けてもらっておいてあれだけど、律があんな風だから余計にオレが姫的立場に追いやられているような気がするんだよな……しかも律背ぇ高いから、隣に並ぶとモロにオレとの身長差が目立つし。

章太なんかはオレとそんなに身長が変わらないから(確か、あいつは百六十七か八くらいだったはず)一緒にいても全然気にならないけど。
(あぁ……せめてあと十センチ……いや五センチでいいから、背、伸びないかなぁ……)
 オレは思いっきり口元を窄めると、ス○オ君の気持ちになって、お空に向かって祈ってみた。

 

ド○えもーん……メガネ君ばっかり助けてないで、たまには脇役のためにも何かいい道具、貸してくださ〜い……

 

 

【ACT4】END

                       2014/10/27 up