【ACT2】学園アイドル・無権の姫君〜IN西園寺〜

物心ついた時から、ひっそりとあたためていた自論がある。
 男子たるもの、簡単に人に涙を見せてはいけない。常に心・体共に強くあるべき。よって、男が涙を流しても許されるのは―――ひとつ、最愛の家族が亡くなった時。ふたつ、敬愛する親友が亡くなった時。そして、みっつ。

男が男に、愛の言葉を貰った時、だ―――

 


「……本日もまた、素晴らしくおモテになります事」

「そちらこそ、相も変わらず大変な量でございますね!」

 

生涯この時限りと自ら決めた持論の一つ(三つの中で最も遭遇率の高いソレ)に見事当て嵌る現在の状況をまずは説明させていただきます。

例の全滅レポートを片付けるため図書館に居残りを決めた章太と別れてから、特に部活動をしているわけでもないオレと律が、速やかに下校すべく訪れた玄関先での事。
 下駄箱を空けた途端、ドサドサと足元に落ちてきた大量の封筒を前にして、明らかに棒読みだとわかる、俄然心の篭っていない律の乾いた賞賛を受けたオレは、苦味のある舌打ちをして頭を抱えた。

「拾うの手伝ってやろうか、悠」

「……けっこーでございます……」

殺伐とした空気が漂う中、地面に散らばった封筒を拾いながら、何とかこの忌々しい現実から逃れられないものかと、健気にも思案してみる。しかしこれといった解決策は一向に見つからない。いつもの事だけど、やっぱりいつもへこむ。……ハァ。

「毎日毎日、お見事な数だな」

「お前だって人のこと言えないだろ!」
「俺は誰かさんと違って、ぜーんぶ可愛くて可憐な女子生徒の皆様からの微笑ましいお手紙ですからね。沢山貰っても、苦にならないし。―――二十五枚」
「ああそうでゴザイマスカ!それはタイヘンケッコウナコトで……二十九枚!」
 律の嫌味ったらしい自慢に負けじと馬鹿丁寧な口調で返したオレは、拾い集めた手紙を社会の答案と同様大した関心も無く鞄の中に仕舞い込んだ。
「今日もオレの勝ち。これで三連勝!」
「半分は男からだろ。だからそれはノーカウント。よって、勝者は今日も俺」
「ぐ……は、半分かどうかは見ないとわかんないだろ!」
「わかるよ。ああ、もしかしたら五割じゃなくて、六割かもなぁ……」
「うるさいだまれ!ばかりつ!」
「はい、はい」
 昨日と全く同じ会話をしながら、玄関を出て天を見上げる。雲一つ無い晴れ晴れとした空が今のオレの気分と正反対で、ちょっとだけ虚しくなった。隣を歩く律は降り注ぐ太陽の光に一瞬目を細めると、フフンと勝ち誇ったような嫌な笑顔でオレを上から覗き込んでくる。
(……何かすっげー馬鹿にされてる気がするんですけど!)

でも、さっき拾っている時にチラ見した手紙の差出人の名前、多分二十枚くらいが男だった……くそ、何でわかるんだ、見てないのに!
 恨みを込めて横目でガンを飛ばしてみたけど、律は素知らぬ顔で自分が貰った、微笑ましさが溢れる女性からのお手紙を一枚一枚じっくり読んでいる。
 こういう所はマメというか、誠実なんだな。やっぱ校内一のタラシは違いますねー……ケッ。
 そりゃ、オレだって花の男子高校生、若干十五歳、お年頃の青春真っ只中なんです。律みたいに、可愛い女の子から純粋な好意を寄せられて、親愛を込めたお手紙を貰えば、それなりに悪い気はしない―――が。
 オレの場合、折角頂いたお手紙の大半は読むのに苦痛を伴うものが多い。なぜならさっき律にも指摘された通り、何故か貰う手紙の五割(……の時はまだマシな方だ。酷い時は八割近く)がうちの学校の生徒からなのだ。我らが西園寺の!なんでだ!
 私立名門西園寺は―――オレの記憶違いで無ければ、れっきとした男子校だ。古き良き時代から続いてきた由緒ある伝統の歴史を受け継ぐべき、優秀な頭脳の選ばれた人間だけがその狭き門を通る事を許されている(らしい。けど、伝統の歴史って何だ?全校集会で校長が、ことある毎に口にする、我が校の教育理念『文武両道に秀でた将来有望な人材の育成と繁栄』とやらの事なのだろうか……ま、どうでもいいけど)。

その、超が付く進学校に通う未来のお医者様や弁護士様、はたまた学者先生様達の尊き頭の中身は一体どうなっているのでしょうか。

ワタクシ、日本の将来が大変心配です……
「でもほら、嫌われるよりは好かれた方が良いんじゃないの」
 意気消沈しているオレに律は一応フォローのつもりなのか慰めの言葉をかけて、小さい子供にするみたいに、頭をポンポン撫でてくる。
(―――顔が笑ってンだよ!顔が!もっと真剣に慰めなさい、説得力無いから!)
「男に好かれても、ちっとも嬉しくありません」
「まあ、まぁ。いつものことだろ。いい加減慣れたら?」
「―――慣れてたまるか!」
 お前も一回、男から愛の告白を受けてみやがれ!……マジで、へこむから。ほんと。男としてのプライド、ズタズタですよ?皆さん。
「うちは男子校だから、癒しというか、潤いみたいなものが必要なんだろ」
(癒し?潤い?そんなのオレの知った事か!)
 学校から一歩外に出れば、世界の人口の半分は女なんだ。いくらでも相手はいるだろうに。男のオレに手紙書いてる暇があるのなら、その時間をもっと世の中のためになる有意義な事に使ってくれ!ああそうだ、いっそのことボランティアにでも行って、その腐った性根を一からたたき直して来い!このオレが責任を持っていい所を紹介してやる……!
「あーあ。悠、眉間に皺。そんな怖い顔してると折角のかわいい顔が、台無し」
「おーきなお世話です。かわいくなくて、大変結構!」

くそっ、やっぱりこいつ面白がってるな。慰めるどころか、人が気にしてる事ばっか言いやがって……オレの怒りの炎にわざわざ油を注ぐなよ、嫌な奴だな!


 オレはどちらかというと、実際の年齢よりも若く見られる事が多い。その理由の一つは、どう贔屓目に見ても男らしさや逞しさとは程遠い体型だからだ。多分「華奢」と言う言葉がピッタリくるんだろう。チッ。その分余計な贅肉も無いのはまあ、いいんだけど。

如何せんいつも健康診断の体重の欄に《痩せ過ぎ》注意と書かれてしまう。お世辞にも小食と言い難い程度には、年頃の高校生らしく量は食べているつもりなのに。

どうやら生まれつき太り難い体質らしい(そういえば律も、何をどれだけ食べても全然体型が変わらないな。しかもオレと一緒で体重が《痩せ過ぎ》で引っ掛かってたし。やっぱり遺伝的なものなんだろうか)。
 そしてまた成長期には欠かせないとされるカルシウムがたっぷり入った牛乳がどうも好きになれない事が影響しているのか、身長も百六十二センチと高一男子にしては小さい方だ。 

でも!まだまだこれからあと十センチは余裕で伸びる筈。自分的未来予定(願望含む)だけど。

更にその低身長に加えて、母親似のため顔立ちがモロ女顔の系統に入るらしく、同姓である男から告白されたのは幼稚園の時から、それこそ数え切れないほどある。馬鹿らしくて一々全部覚えてないけど。
 都内の原宿や渋谷辺りに行った時なんか、私服だと三十分に一回の割合でナンパされるし。どうやら女と勘違いされているらしい。一体、何処に目ぇつけてんだ。全く以って失礼極まりない。しかもそのうちの三割はオレが女じゃないとわかってからも、懲りずにしつこく話かけてくる。あいつらは全員、眼科と精神科に行くべきだ。っていうか、一回死んで心清らかになってから、もう一度生まれ変わってこい!
 ちなみに、制服姿で行くと流石に性別を間違えられる事は無いが、その代わりにほぼ毎回、某有名大手事務所の方からお声が掛かる。

ほら何ていったか、メディアには一切出てこないんだけど「YOU達!」「〜しちゃいなよ!」などのひたすら怪しげな口調で有名な社長が、かわいくて綺麗な若い少年達ばかり集めて華々しくデビューさせるという。

そう、ジャ○ーズ事務所だ。そんで社長は、ジャ○―さん(一体どこの国の人だよ。名前からして、怪しさ抜群)。
 ……話が逸れた。とにかくその、決して認めたくはないが、客観的に見ると『カワイイ』部類に所属するらしい容姿を持つオレの、学校での存在はというと。
 どうも男子校という閉鎖的な世界では、オレのような比較的男臭くない見た目が中性的な人間は、癒しだか潤いだか知らんが所謂、学園のアイドル(うっわ。自分で言ってて、超さむ……)という名の犠牲者になっている。

無論好きでなったわけじゃない。かといってオレに拒否権は無いらしい。酷い人権侵害だ。

この際誰でもいいから、本来有るべき筈のオレの権利を取り戻すために、ド派手な革命の一つや二つ、起こしていただけないものか……うちの学校に、例えばヒトラーさんばりの独裁者がいたら、それも可能な気がするのだけれど。

 

「あー、まったく。西園寺の姫君は短気で困りますね……」

 暫しの間物思いに耽っていた所に、律が本日一番の地雷を踏んだ。

「その呼び方、ヤメロ……!」

(オレは姫って呼ばれるのが、この世で一番屈辱的なんだよ!)

「誰が姫だ……!オレのどこが、短気なんだ!」
「どこって、そう言ってるまさに今、怒ってるし……それより悠、レポートはどうする気だ。章太と一緒に残らなくて、大丈夫なの。お前家に帰ったら絶対やらないだろ?」
「……今日は母さんが大阪から戻って来るから早く帰らないと。だからレポートは明日やる」
「亜季さん帰って来るのか?久しぶりだな」
「ん〜でも二ヶ月ぶりくらいかな。あ、律、家寄ってく?」
「俺、今日は予備校なんだ。何日までこっちにいる予定?」
「多分二・三日で帰るんじゃないの、今回も。時間があればお前ん家にも顔見せに行くと思うけど……」

 

現在、オレは両親とは離れた場所で暮らしている。

オレの中学卒業とほぼ同時に、仕事の都合で大阪へ転勤になった父さんと一緒に母さんも引越したので、オレが高校に入ってからはW市で一人暮らしをしていた姉の所に居候している状態だ。
 だから中学の時までオレが家族と住んでいたのはW市では無くE市なので、オレと律は高校に入るまでは別々の学校に通っていた(オレはE中、律はW中の卒業生だ)。

今もE市には前住んでいた一軒家の自宅があるけど空き家状態で誰も使っていないので、定期的に母さんが掃除をしに来ている。母さんは甥っ子の律の事を我が息子のオレよりもお気に召しているので、こっちに帰って来た時は必ず家に律を連れて来いって、うるさいんだ……ったく。
 しかも律の顔を見るたび、お腹痛めて産んだ実の息子の目の前で「こんな息子が欲しかったわぁ!」などとノタマッテくれる。……オレだって、こんな男から毎日ラブレター貰っちゃうような女顔じゃなくて、律みたいな老若問わず女の人にだけ好かれる顔が良かったっつーの!

オレは完璧母親似だけど、律は母親にはあまり似ていない。

律のお母さん(つまりオレの伯母さんにあたる人)の名は亜耶(あや)さんといって、うちの母さんより二歳年上で見た目ソックリ、性格は正反対の綺麗な人だ。二人とも昔から美人姉妹とご近所では評判だったらしい。

その亜耶さんの旦那様、律のお父さんなんだけど、N市にある県立の総合病院で副医院長をしている、超エリートだ。容姿端麗、頭脳明晰な律のお父さんはちょっとクールでダンディな感じ。もう歳は四十過ぎてるんだけど、これ位の年齢層にありがちな親父っぽさみたいなのが全然無い。

海外留学の経験もあって英語はペラペラ、その他ドイツ語とフランス語も堪能だ。素晴らしい。

若かりし頃はさぞおモテになったのだろうと思わせる面影が今もあって、男のオレから見ても凄く格好良い人だ。律はその伯父さんの若い頃に見た目、性格共にソックリらしい。その優秀な遺伝子を引き継ぐ律の容姿は、一言で簡潔に表現するならば『超、美形』という言葉が満場一致で可決されるに違いない。少し切れ長気味の、怜悧さと繊細さを感じさせる漆黒の瞳、それとお揃いの色を持つ黒髪は癖が無く真っ直ぐで、痛んでいる所も全く見当たらない。

身長はオレよりも頭二つ分くらい高いから、百八十センチ近くあるんだろう(ムカツクから敢えて聞かないけど!)。
 だけど、体重はそんなに無いはずだ。だって《痩せ過ぎ》注意!の部類に入っているくらいだし。ただオレと違うのは、細いけれどそれなりに筋肉が付いているせいか、はたまた身長の差なのか、それほど華奢な印象を与えない。父親の長身と母親の痩躯。両親の良い所だけをとって、足して二で割りました、みたいな理想的体型だ。

そして元々両親のどちらに似ても美形を約束された容姿はオレのような「かわいい」と揶揄されるような女顔ではない。かといって(精悍と言えば聞こえはいいが悪く言えば)ムサいとか暑苦しいとか、そういう男臭さみたいなものは、一切感じさせない。繊細さの中にも男っぽさというか、生まれ持った男の色気みたいなものがあって、「格好良い」という言葉を全身で独り占めしている。

僅かとはいえ、確かに同じ血が流れている筈なのに、オレとは全く似ても似つかない。この差は一体何なんだ。

 

(……あー、真面目に考えたらちょっとムカついてきたな!)

メラメラと理不尽な嫉妬の炎を燃やしているオレの隣で、律はあらかた目を通したらしい手紙を鞄の中にしまった。

そして制服のポケットから自転車の鍵を取り出すと、背後のオレに(こいつのファンを名乗る子達が見たら「きゃあ!」という、語尾にハートマークが山ほど付きそうな黄色い声援が飛び交う事間違いなしの)極上の王子様スマイルを向けて、

「じゃあ、明日の帰りに寄ってきますか、姫」

と、爽やかさ全開に言った。お。おお、お前な……!
「だから、ひめってゆーな!アホおうじ!」
 ―――姫がいれば、当然王子もいる。
 なんでも西園寺高校では入学早々、新入生代表の挨拶(これは毎年入試がトップだった奴がやるそうだ)をやって注目を集めた律と、入学後最初のテストで、国、英、理の科目別トップを取ったオレは、成績・容姿共に際立って目立つ存在だったらしい(章太、談)。

しかもいとこ同士という話題性もあって、タイプこそ違うがアイドル的要素満載なオレらに、一体どこの誰が言い出したのやら(喧嘩売ってるとしか思えん。男らしく名乗り出ろ!いつでも受けて立ってやる)気づいたらいつの間にか西園寺の『癒しの姫君、無敵の王子』だなどと呼ばれるようになってしまった。
「姫のくせに『王子様』に向かって随分な口のきき方だな。目上の人間に対する言葉使いが全くなってない……」
「だーれが目上の人間だ。いつからなった。正真正銘、タメだろうが!」
(まったく、自分で自分の事を「おうじさま!」とか、恥ずかしげも無く言うなよ!)
 律はオレと違って、自分が王子と呼ばれる事に何の違和感も無いのか、全く気にしている素振りが無い。
 ……くっそう。何が王子様だ、チャリ通のくせに!

『王子なら王子らしく真っ赤なマント羽織ってシマシマ模様のカボチャぱんつ穿いておっとそうだ忘れちゃいけない白いタイツも忘れず身につけてそんで仕上げに昔読んだお伽話に登場する王子様御用達の真っ白な超毛並みの良いお馬さんにでも乗って優雅に通学してみやがれ!』
 ―――息継ぎしないでそう一気に捲くし立ててやったら。
「お前、ごちゃごちゃうるさい。そのチャリのニケツで毎日通学しているのはどこのだれ。俺が白馬で登校したら、困るのはキミでしょう」
 と、至極もっともなお言葉を頂きました……
「……です、ね」
 さすがは『無敵の王子様』!


 駐輪場に着くと「ほれ」と言っていつものように律が自分の鞄をオレに向かって勢いよく放り投げた。

西園寺の王子と姫、本日も仲良く自転車二人乗り(校則&交通ルール違反)で元気一杯にご帰宅致します。

 

 

【ACT2】END

                       2014/10/27 up